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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)11977号 判決

原告

ファーストクレジット株式会社

代表者代表取締役

百田俊弘

代理人支配人

安藤和朗

訴訟代理人弁護士

青海利之

被告

甲野照夫

訴訟代理人弁護士

小泉哲二

主文

一  原告の主位的請求を棄却する。

二  被告は、原告に対し、六八〇万九九二二円及びこれに対する平成八年一二月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

三  原告のその余の予備的請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを六分し、その五を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決の第二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求

(主位的請求)

被告は、原告に対し、四〇五〇万円及びこれに対する平成二年二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

(予備的請求)

被告は、原告に対し、三二〇〇万三一一六円及びこれに対する平成八年一二月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

第二  事案の概要

(以下、和解成立前被告甲野春子を「春子」、同甲野一郎を「一郎」、同乙川二夫を「乙川」といい、春子・乙川・一郎の三人を合わせて「春子ら」という。)

一  原告は、主位的に、①春子らが被告の承諾を得ないで、被告の実印等を使用して原告との間で被告名義の金銭消費賃借契約を締結し、原告から四五〇〇万円を騙し取ったと主張し、その上で、②被告にも実印等の管理を怠った過失があるとして、不法行為に基づく損害賠償(乙川及び一郎から受け取った合計四五〇万円の和解金を差し引いた残額四〇五〇万円の支払)及び不法行為の日からの遅延損害金の支払を求めている。

また、予備的に、騙し取られた四五〇〇万円の一部が被告のアコム株式会社及び東邦生命保険相互会社に対する各債務の弁済に充てられ、債務が消滅したので、被告は法律上の原因なしに利得したとして、不当利得の返還及び訴状送達の日の翌日(平成八年一二月一二日)からの遅延損害金の支払を求めている。

二  被告は、主位的請求については、不法行為責任の成立を争い、抗弁として三年の消滅時効(民法七二四条)を主張している。

また、予備的請求については、アコムに対する債務は被告の債務であることを否定し、また、東邦生命に対する債務の弁済については不当利得の成立を争うとともに、抗弁として現存利益がないこと及び五年の商事消滅時効(商法五二二条)を主張している。

三  当事者の主張は、別紙のとおりである。

第三  原告の主位的請求(不法行為)を棄却した理由は以下のとおりである。

一  春子らが金銭を騙し取ったことについて

春子らが原告から四五〇〇万円を騙し取ったものと認められる。なぜなら、証拠(乙一、二、丙一〇、二、証人春子、証人山脇、一郎本人)によって以下の(一)から(三)までの事実を認定することができるからである。

(一)  春子は、借金の返済等のため原告大阪支店から金銭を借り入れることにし、被告の承諾がないのに、乙川に対して被告の替え玉となってくれるように依頼した。乙川はこれを引き受け、別紙の「第一 争いのない事実等二」のとおり原告から借入をする契約を締結した。

(二)  原告大阪支店の山脇久幸(本件契約の担当者)は、被告の自宅付近の人に、本件契約締結の際に撮影した乙川の写真(甲五)を見せ、被告本人であるかどうかの確認を行った。すると、写真の人物を知らないという回答がほとんどだったので、疑問を抱いた山脇は春子に対して被告の写真を持ってくるように連絡した。この連絡を受けた春子は、一郎に対して、「山脇が乙川の写真を見せてその人物が被告(一郎の父)であるかどうかを確認するので、被告であると説明するように。」と指示した。一郎は、春子が被告の替え玉を使って原告から金銭を借り入れようとしていることに気付いたが、春子の指示どおり、原告大阪支店に行き、山脇に対して、甲六に写っている左側の人物あるいは甲七に写っている真ん中の人物が被告であると説明した(なお、確認の際に使われた甲六あるいは甲七の写真を誰が山脇のもとに届けたのかははっきりしない)。

(三)  山脇は、一郎の説明によって、乙川(平成二年二月二四日に春子といっしょに原告大阪支店に来て、金銭消費賃借ならびに抵当権設定契約書(甲四)等に「甲野一郎」と署名した。)を被告本人であると信じた。そして、平成二年二月二七日、被告を債務者兼担保提供者とする四五〇〇万円の貸付を実行し、被告名義の本件土地、建物に抵当権を設定した。

(四)  以上のように、春子らは、乙川が被告の替え玉となる偽装工作をし、山脇に乙川が被告であると誤信させて、被告名義で四五〇〇万円の融資を受けたのであるから、春子らは原告から四五〇〇万円を騙し取ったと認められる。

二  被告の過失について

被告に実印等の管理を怠った過失があるということはできない。その理由は以下のとおりである。

(一)  春子は、原告から四五〇〇万円を騙し取るに当たって、本件契約に被告の実印を使用するとともに、被告の印鑑証明書(甲四)及び土地、建物(乙一、二)の権利証を原告に交付した(別紙の「第一 争いのない事実等三」)。

(二)  被告の実印、印鑑登録カード及び本件土地、建物の権利証は、自宅の箪笥の引き出しに入れてあり、春子が自由に持ち出せる状態で保管されていた。春子は、仕事などで家を空けるときは、実印と印鑑登録カードをバックに入れて持ち歩いていた。また、被告と春子がいっしょに露天商の仕事に行ったときも実印と印鑑登録カードは春子が持って行っていた(証人春子)。

(三)  このように、被告は、春子がいつでも持ち出せる場所に実印等を保管しており、実際上、被告は春子に実印等の管理をまかせていたということができる。

けれども、被告と春子は夫婦であって、夫が妻に実印等の管理を任せるというのは普通に行われていることである。また、被告は露天商として各地へ出掛けることがあるため、仕込んだ商品の代金支払(主に小切手の振出によっており、銀行登録印は実印であった。)などを春子にまかせていたという事情もある(証人春子、被告本人)。したがって、被告が春子に実印等の管理をまかせていたとしても、それだけで直ちに管理を怠った過失があるということはできない。

第四  原告の予備的請求(不当利得)の一部を認容した理由は以下のとおりである。

一  アコムに対する債務の弁済に関しては不当利得とならず、東邦生命に対する債務の弁済に関しては不当利得となる。

このように判断した理由を以下に述べる。

(一)  春子は、原告から騙し取った四五〇〇万円のうちの一部をアコム及び東邦生命に対する債務の弁済に充てた。そして、この債務の消滅により、本件土地、建物に設定されていたアコム、東邦生命を各権利者とする抵当権、根抵当権設定登記が抹消された(別紙の「第一 争いのない事実等五、六」)。

(二)  アコムに対する弁済と被告の不当利得について

ア アコムに対する債務というのは、春子が平成元年一月に被告名義でアコムから約二二〇〇万円を借り入れたときのものである。この借入は、樋口佐知子などに対する借金の弁済などに充てるために、原告からの借入れと同様に、被告の承諾を得ないで、春子が乙川を被告の替え玉にして行ったものである(丙一〇、一三、証人春子)。

したがって、アコムに対する債務は被告の債務ではないから、これを弁済しても「被告の」債務を弁済したとはいえず、被告に利得が生じたということはできない。

イ 原告は、

被告は実印とカードの保管を春子にゆだねていたし、昭和五一年には春子が被告の名義を使って被告の自宅を担保にして銀行借入をすることを黙認した(借入の具体的内容は被告は知らず、春子にまかせていた)などの事情があるので、包括的処分授権があり、この包括的処分授権はその後も継続していた。したがって、この包括的管理権に基づいてアコムから借り入れた債務は被告の債務である。仮に処分授権が昭和五一年のときの借入に関する一回的なものであったとしても、その消滅を善意の第三者であるアコムに対抗することはできない(民法一一二条)から、それを基本代理権とする表見代理(民法一一〇条)が成立する。

と主張する(別紙の「第二 争点(予備的請求)(原告の反論)(一)についてア)。

けれども、この主張は採用できない。

まず、実印とカードの保管を春子にゆだねていたとか、春子が被告の名義を使って被告の自宅を担保に銀行借入をすることを黙認したというような事実があったとしても、だからといって「被告の名で借入をすることを包括的に認める」というような授権があったということはできない。わざわざ乙川を替え玉にしているというのに、それでも包括的授権があったと認定するのは無理である。

また、表見代理も成立しない。なぜなら、アコムが善意無過失であったことの証拠はないからである。

ウ 原告は、

アコムからの借入金は被告の負担すべき資金にあてられたのであるから、その借入債務が消滅したということは、実質的に被告の利得となっている。

とも主張する(別紙の「第二 争点(予備的請求)(原告の反論)(一)について イ)。

けれども、「被告が負担すべき資金にあてられるための借入金債務」が消滅したから被告に利得があるというのは、無理な理屈というほかない。もともと被告は「被告が負担すべき資金にあてられるための借入金債務」を支払う義務はないし、被告にそれを支払う意思があったと認めるだけの証拠もないのであるから、その債務が消滅したからといって、被告に(形式的にも実質的にも)利得があるというわけにはいかない。

(三)  東邦生命に対する弁済と被告の不当利得について

ア 春子が東邦生命に対して支払った六八〇万九九二二円は、被告が自宅購入資金として借り入れた住宅ローンの残債務であり、被告の債務である(争いがない)。

そして、騙し取った金銭の一部で被告の東邦生命に対する債務が弁済されたのであるから、被告は自己の債務の消滅という利益を得たということができる。

イ  被告は、上記の原告の損失と被告の利得との間に因果関係は存在しないと主張する(別紙の「第二 争点(予備的請求)(被告の主張)(二)」)。

けれども、春子は、騙し取った金で東邦生命に弁済したのであり、しかも別紙の「第一 争いのない事実等四」のとおり、その弁済は原告担当者(山脇)と司法書士が同道してされており、原告は東邦生命に対する弁済金額等を差し引いた残額を春子または乙川に交付している(証人山脇)。

このような状況下でされた弁済によって、被告に上記アの利得が生じたのであるから、原告の損失と被告の利得との間には社会通念上、原告の金銭で被告の利益を図ったと認められるだけの連結があるということができる。したがって、原告の損失と被告の利得との間には因果関係がある(最判昭和四九年九月二六日民集二八巻六号一二四三頁参照)。

ウ  また、被告は、春子が原告から騙し取った金銭で被告の債務を弁済することを全く知らなかったし、知らなかったことについて過失もないと主張する(別紙の「第二 争点(予備的請求)(被告の主張)(三)」)。

前記最高裁判決は、金銭を騙し取った者から債権者がその金銭を受領するについて「悪意又は重大な過失がある場合には」、債権者の金銭の取得は騙し取られた者に対する関係では法律上の原因がなく不当利得になると解しており、被告の主張もこの判決を根拠とするものである。

けれども、この判決は、金銭を騙し取った者(又は横領した者)が騙し取った金銭で自己の債務を弁済した場合において、騙された者から弁済金受領者(債権者)に対して不当利得の返還を請求することができるかどうかが問題となった事案についての判例である。これに対して本件は、金銭を騙し取った者(春子)が第三者(被告)の債務を弁済した事案であって、前記最高裁判決とは事案が異なる。

不当利得の制度は、損失者と利得者との間の不当な財産法秩序を回復するため、公平の観念に基づいて利得者にその利得の返還義務を負担させることを目的とするものであるから、金銭を騙し取った者が第三者の債務を弁済したという事案においては、騙し取るに至った動機、騙し取った者と第三者との関係、騙し取った者が第三者の債務を弁済するに至った事情などを総合的に考慮して公平の見地から判断すべきである。

本件では、証拠(丙一一、証人春子、被告本人)によれば、以下のような事情が認められる。

春子が本件貸付を受けた主な目的は、現にある数個の小口債務を借入金で弁済することによって、債務を一本化するとともに、金利負担の軽減を図ろうというものであった。春子は原告から受け取った金でアコム、東邦生命に対する債務を弁済したほか、三愛商事、田中利数商店などに対する債務も弁済した。このうち、東邦生命を除く債務は、被告名義で経営しているラウンジ「らんぶる」の運転資金や被告が行う露天商の経費支払のための借入が含まれていた。

春子は、旭区城北での喫茶店「らんぶる」の開店資金として幸福相互銀行から融資を受けたところから、夫である被告の了解をいちいちとらないで自ら融資交渉をし、被告名義で金銭の借入を行っていた。被告は、喫茶店を開店するには融資を受けることが必要なこと、そのために担保となるものは本件土地、建物以外にないことを知っており、春子が行う借入について暗黙のうちに了解していた。

被告は、露天商に必要な仕込みやその支払のための資金繰りなどを普段から春子に行わせており、春子は被告の小切手帳を管理し、必要に応じて被告の銀行印を使って小切手を振り出していた。また、当座預金に不足が生じたときは、春子が金融業者などから被告名義で借金するなどしていた。

東邦生命への住宅ローンの弁済は、毎月八万円程度を銀行口座からの引き落としで支払っており、主として春子が露天商の売上金などから銀行口座に払い込んでいた。

被告は、暴力団○○会に毎月数万円ないし数十万円の会費を納めていたほか、交際費や頼母子講の掛け金として月数万円から数十万円を必要としていた。春子は、毎月それだけの金を用意して被告に渡していたが、手元に金がないときは、春子が被告名義で借入をして被告に渡していた。

被告が、自己の名義で原告から借入されていることを知ったのは、平成五年七月ころである。

以上の事実を総合すると、春子と被告とは婚姻関係にあり、被告は、露天商に関する経理のほとんどを春子にまかせていたのみならず、喫茶店の開店資金やラウンジの運転資金も春子が調達し、被告の暴力団関係の出費や被告夫婦の家計も春子がやり繰りしていたことが認められる。結局、被告は春子を通して自己の財産を管理していたということができる。そうすると、騙し取った金で債務が弁済されたことを被告が知らず、そのことについて重過失がなかったとしても、被告の利得には法律上の原因がないと考えるべきである。

以上により、原告の被告に対する不当利得返還請求は、東邦生命に対する弁済金六八〇万九九二二円の限度において認めることができる。

二  被告は、現存利益は存在しないと主張する(別紙の「第二 争点(予備的請求)(被告の主張)(四)」)。しかし、この主張は採用できない。その理由を以下に述べる(なお、被告が民法七〇四条の悪意の受益者であると認定できる証拠はない。)。

被告の母甲野カツ子は、平成二年四月ころ、被告ら夫婦が東邦生命に対する住宅ローンを長年返済し続けるのは可哀想だと思い、預貯金(カツ子が被告名義で貯金していたものも含まれる。)を解約するなどして約六八〇万円を工面し、住宅ローンの返済金として春子に渡した。被告はカツ子から、ローン返済資金を出すということは聞いていたが、カツ子と春子の間の金銭授受には全く関与していなかった(丙一から八まで、証人春子、被告本人)。

そうすると、カツ子が春子に交付した金銭はカツ子の預貯金から支払われたものであって、被告が出したものではないことが明らかである。

被告は、カツ子が春子に支払った約六八〇万円は、被告がカツ子から贈与された金銭を春子に支払ったものであると主張する。

しかし、被告は「カツ子は、春子が家のローンを払ってくれと言って来るから仕方なしに出すと言っていた」と供述しており、これでは被告への贈与があったとは考えにくい。また、東邦生命に対する債務の返済手続は上記一(三)ウのとおり実際は春子が行っており、カツ子もそれを知っていたからこそ春子に金銭を交付したのだと考えられる。

このような事情に照らせば、「カツ子が被告に贈与してその金を被告が春子に交付した」というのは取って付けたような理屈であるし、上記一(三)ウで認定した被告ら夫婦の実体に合致しないものであるから、この主張は採用できない。

なお、仮に、カツ子から被告への贈与が認められるとしても、春子が被告の財産管理をしていた事情のもとでは、結局、被告と春子は経済的に一体のものであるといえる。したがって、このような密接な関係にある者の間で利得金相当額を弁済したとしても、被告に現存利益が存在しないということはできない。

三 被告は、本件不当利得返還請求権は五年の商事消滅時効によって消滅したと主張する(別紙の「第二 争点(予備的請求)(被告の主張)(五)」)。しかし、この主張も採用できない。その理由を以下に述べる。

商法五二二条の立法趣旨は、商事取引活動の迅速な解決のために短期消滅時効を定めるというものである。したがって、同条が適用又は類推適用されるべき債権は、商行為に属する法律行為から生じたもの又はこれに準ずるものに限られると解すべきである(最判昭和五五年一月二四日民集三四巻一号六一頁)。

まず、不当利得返還請求権は法律の規定により発生する債権であって、法律行為によって生ずる債権ではない。

次に、本件不当利得返還請求権が商行為に属する法律行為から生じた債権に「準ずるもの」といえるか、すなわち、商事取引活動の迅速性という点から、商事債権に準ずるものとして短期の消滅時効に服させる合理性があるかどうかについて検討する。

確かに、原告は業務として本件契約を締結し、春子らに金銭を騙し取られたものである。そして、原告は日常の貸付業務において商事消滅時効の適用を前提として活動していることに照らせば、貸付が原因となって生じた被告の利得についての不当利得返還請求権も、その原因である貸付行為の企業取引活動としての性質が考慮され、商事債権に「準ずるもの」と考えられないわけではない。

しかし、本件不当利得返還請求の相手方である被告は、原告が騙し取られた金銭の授受に何ら関与していない第三者であって、そのような者に対する返還請求についてまで企業取引活動の迅速性を考慮する必要性は乏しい。また、被告は春子の弁済によって利得したのであり、その弁済資金がたまたま原告から騙し取ったものであったというだけであるから、その利得の返還について商事消滅時効に服することを期待する立場になく、上記のように考えても被告にとって酷とはいえない。

したがって、本件の不当利得返還請求権は商事債権に「準ずるもの」とはいえず、民法一六七条一項により一〇年の消滅時効に服すると考えるべきである。

そして、春子が東邦生命に対して六八〇万九九二二円を弁済した平成二年二月二七日から一〇年は経過していないから、消滅時効は完成していない。

(裁判官村上正敏)

別紙当事者の主張

第一 争いのない事実等(二、四については被告は「知らない」と述べている。)

一 被告と甲野春子(以下「春子」という。)は夫婦であり、甲野一郎(以下「一郎」という。)はその子である。

二 平成二年二月二四日、春子と乙川二夫(以下「乙川」という。)は、原告大阪支店において、乙川が被告になりすまし、被告名義で原告から平成二年二月二六日付けで四五〇〇万円を借り受ける契約(本件契約)を締結した。この際、春子及び乙川は原告に対し、乙川が被告本人であるかのように説明した。

三 春子は、本件契約に際し、原告に対し、被告の実印、印鑑証明書、及び別紙物件目録記載の被告の土地・建物の権利証を提示した。

平成二年二月二六日、一郎は原告大阪支店で原告担当者山脇に対し、写真に写っている乙川のことを被告であると説明した。

四 同月二七日、本件契約に基づき、原告は、春子と乙川に対し、金利分等を控除する等した四三〇〇万円余りの金員を交付した(もっとも、現実に交付したのは、原告担当者山脇と司法書士が春子又は乙川と共に下記五・六の弁済をした額を除いた残金一一七二万五〇四八円であり、残金は春子又は乙川が受け取った。)。

五 原告が被告名義で融資した上記の四五〇〇万円のうち、二五一九万三一九四円は、被告名義のアコム株式会社に対する借入金の弁済に充てられ、同社が有していた、本件土地・建物に付されていた平成元年一月二一日付け根抵当権設定登記が抹消された。

六 原告が被告名義で融資した上記の四五〇〇万円のうち、六八〇万九九二二円は、被告の東邦生命保険相互会社に対する債務の弁済に充てられ、同社が有していた、本件土地・建物に付されていた昭和四九年一〇月四日付及び昭和五〇年一月六日付けの各抵当権設定登記が抹消された。

七 原告は、乙川及び一郎から和解金として合計四五〇万円を受け取った。

第二 争点

(主位的請求)

(原告の主張)

本件契約締結の際、春子が原告に被告の実印、印鑑登録カード及び本件土地・建物の権利証を交付したが、このようなことが起きたのは、被告がそれらの保管や管理を怠ったからである。したがって、被告は、民法七〇九条・七一九条に基づき不法行為責任を負う。

(被告の主張)

(一) 被告の実印、印鑑登録カード及び本件土地・建物の権利証は被告の自宅のタンスの引き出しに入れてあって春子も被告もいつでも取り出せる状況にあったが、これはどの家庭でもこのような保管状況なのであって、これをもって被告の保管状況に過失があったとはいえないから、被告が不法行為責任を負うことはない。

(二) 仮に被告が不法行為責任を負うとしても、次のように時効が成立するから、原告の請求は認められない。

ア 平成五年九月二九日、被告は、一郎と糸岡喜佐保(被告の姉婿)とともに原告大阪支店に行き、原告担当者山脇に会った。その際、山脇は、平成二年二月二六日に被告が原告から四五〇〇万円を借り受けていること、この借受金について公正証書が作成されるとともに本件土地・建物に抵当権設定登記と条件付賃借権設定仮登記がされていること、返済が滞ったため公正証書によって門真市の建物を差し押さえたことなどを説明した(争いなし)。

イ そこで、被告が山脇に対して、借入の事実は知らないし、春子に代理権を与えたこともないと説明した。このとき契約締結の際に撮った写真を見ると、乙川が写っていた(争いなし)。

ウ このように、原告は平成五年九月二九日に被告の不法行為を知ったのであるから、平成八年九月二九日の経過により原告の被告に対する損害賠償請求権が時効消滅した(民法七二四条)。

(時効の主張に対する原告の反論)

原告は前訴(被告を原告とし、原告を被告とする請求異議等事件)において春子に被告の代理権があったと主張して被告と争っていたのであるから、原告が被告の不法行為による損害の発生を知った時点、すなわち、消滅時効の起算点は、前訴の判決が確定した平成八年八月一六日である。したがって、原告の被告に対する損害賠償請求権は未だ時効消滅していない。

(予備的請求)

(原告の主張)

(一) 本件契約で原告が春子らに交付した四五〇〇万円のうち二五一九万三一九四円は被告のアコムに対する債務の返済に充てられ、六八〇万九九二二円は被告の東邦生命に対する債務の返済に充てられ、争いのない事実等五・六のとおり、(根)抵当権設定登記が抹消された。

(二) (一)により、被告が(一)の合計額三二〇〇万三一一六円の利益を得て、原告が同額の損失を被ったが、本件においては、中間者である春子がなんらの加工も施すことなく、原告から受領した融資金によって、先行した二件の担保付きの被告の債務を弁済したものであるから、社会通念上の連結性があって原告の損失と被告の利得との間には因果関係が認められる。そして、被告のこの利得には法律上の原因はないから、被告は不当利得として原告に返還する義務がある。

(被告の主張)

(一) アコムに対する債務は被告の債務ではないから、被告に利得はない。

この債務は、本件と同様に、春子が乙川を替え玉にして、被告名義で借り入れたものであった。

(二) 春子が原告から受領した四五〇〇万円は、受領時から春子の所有となる。そして、給付関係に立たない原告と被告との間に給付利得は成立しないし、アコムと東邦生命の善意取得によって春子のした弁済は有効となり、騙取した金員の所有権者である春子は被告に対して求償しうることになるけれども、原告は費用支出者ではないから、原告と被告の間に求償型不当利得が成立することもない。よって、(予備的請求)(原告の主張)(一)の金員を原告が損失したことと被告が利得したこととの間に因果関係は存在しない。

(三) 利得に法律上の原因がないというためには、春子が原告から騙取した金員で被告の債務を弁済することを被告が知っていたか、または知らなかったことにつき重過失が必要である(最判昭和四九年九月二六日民集二八巻六号・一二四三頁)。そして、被告は、東邦生命に対する返済金を春子に渡しているという事実(下記(四))からも明らかなように、春子が原告から騙取した金員で被告の債務を弁済することを全く知らなかった。また、知らなかったことにつき過失もない。

(四) 平成二年四月二〇日、被告は、春子に対し、東邦生命への返済金として六八〇万九九二二円(甲野カツ子〔被告の母〕所有の金合計六九二万三九九〇円〔丙一から八まで〕のうちから被告に贈与されたもの)を支払っているから、被告に現存利益は存在しない。

(五) 仮に不当利得になるとしても、次のように時効が成立するから、原告の請求は認められない。

ア 原告の出捐は、商人である原告の企業取引活動である本件契約に基づいてなされたものであり、原告の被告に対する不当利得返還請求権はこの企業取引活動に関連して生じたものであるから、商行為によって生じた債権に準ずるものであって、商法五二二条により、五年で時効消滅する。

イ 原告の損失と被告の利得は平成二年二月二七日に発生しているから、平成七年二月二七日の経過により、時効が完成した。

(原告の反論)

(一)について

ア 仮に被告の主張のとおりアコムに対する債務が春子が乙川を替え玉にして被告名義で借り入れたものであったとしても、アコムからの借り入れ当時、被告は春子に包括的管理権を与えていたから、これに基づいて春子が借り入れた債務は、被告の債務である。

また、被告の春子に対する授権が昭和五一年の借り入れに対する一回的なものであったとしても、その後も授権は外形的に継続しており、その消滅をアコムに対抗することができない(民法一一二条)から、これを基本代理権とする表見代理(民法一一〇条)が成立し、アコムからの借入は被告に効果が帰属する。

イ 仮に借入の法的効果が被告に帰属するとは認められないとしても、アコムからの被告名義の借入金は、被告の負担すべき資金にあてられたものであるから、その債務の消滅は実質的に被告の利得となる。

(五) について

商行為の給付不当利得においても、時効期間は民法一六七条の定める一〇年である(最判昭和五五年一月二四日民集三四巻一号六一頁)。しかも、本件は給付の相手方に対する請求ではなく、騙取者の介在によって利得を得た者に対する請求であって、商行為の給付関係の復原に関する類似処理の要請もないから、時効期間を五年と定めた商法五二二条の適用の余地はない。

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